群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

フルマラソンを走った一日

 マラソンを走ってみようかと思ったのは2009年のことである。その前から走ることは嫌いじゃなくて、たとえば高校の3,000メートル走のときなどは、ひそかに1週間前ぐらいから走りこんだりしていたんだけど、2009年にとあることがきっかけになって、フルマラソンを走りきってみたいと思ったのである。
 週に3・4日、10キロほど走る日をつくって、数回短い距離のレースに出たあと、フル・レースにのぞんだ
 当日の出だしは最悪だった。いきなり脇腹が痛みだしたのである。一番最初に走った5キロのレースでも脇腹が痛み、完走できなかったので、その日も駄目かなと思った。でも、行けるところまで行こうと、片手で脇腹をさすりながら、足だけは運び続けた。
 10キロあたりを過ぎたところだろうか。脇腹の傷みが、嘘のように、ふっと抜けてくれたのである。僕の足取りはがぜん軽くなった。ペースを上げたりはしなかったけど、快調に距離を稼いでいった。
 20キロを過ぎた。まだ余裕があった。25キロ。まだいける。そして30キロ地点に来た。さすがにかなりへばっていたんだけど、まだ余力は残っていた。そして、フルマラソン完走まではあと12キロ。これは、普段練習で走っている距離と同じくらいなのである。腹を括った。完走しかない。
 しかしまあ、そこからは言いようがないほど苦しかった。当たり前だけど、スタートから12キロ走るのと、30キロ走ったあとに12キロ走るのは、まるで違う。30キロ走った疲労の蓄積が、累乗されて体を押しつぶしてくるのである。僕はペースには全然こだわっていなくて、このペースならどこまででも走っていけるだろうというくらいのゆっくりしたペースで走っていたんだけど、そんなことはおかまいなしに、足はあげたくてもあがらなくなってくるし、体全体がひしゃげてしまいそうだし、もう足を止めようかと何度も思った。でも、38キロ走ったところで投げ出してしまうと、それまで走った38キロを蔑ろにしてしまうようで、できなかった。最後は、あまり好きな言葉じゃないんだけど、それこそ意地で、まあなんとか完走できた。悦びを全身であらわしたかったけど、そんな元気はどこにも残っていなくて、ゴールライン脇の芝生に倒れこみ、片手の拳を握りしめるのがやっとだった。
 そのレースで足を痛めてしまって、いまだに走ることを再開できていないんだけど、完走した後に王将で食べたビールと餃子は、もう二度と味わえないにしては美味すぎると思っている。