群青ノート

雑記帳あるいは備忘録的な

切手シート

 年賀状の賞品の切手シートが当たりました。嬉しい(゚∀゚)
 私、年賀状の切手シートが最後にいつ当たったのか、まったく記憶にない…。少なくとも直近10年は当たったためしがないと思う…。学生のころなんか1年に1枚はもらえていたんだけどな。だからひとしお嬉しい。
 上にツル、下にカメを配したデザインになっていて、これも何だかめでたくてよい。個人的にカメを飼っているので、やはり縁を感じてしまう…。最近は切手シートのデザインもおしゃれな感じになっているんですねえ。これが吉兆だといいんだけどな。

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久しぶりに

 久しぶりにビールを買ってきました。賞味期限が長めの黒ラベル。今年の11月まで飲めます。年始に久しぶりに飲んだんですけど、悲惨な酔い方をしまして…。瓶ビールを開けて、つい気分がよくなり、調子にのってウイスキーをくいくい呷っていたら撃沈しました。30代、かなり鍛えられて酒には強くなったつもりだけど、1年飲まないだけでこんなに耐性なくなるんですね…。もう年齢も年齢だし、お酒を飲まないとお腹の調子もおおむね良いので、このまましらふで生きていってもいいんだけど…。でもせめて飲み会で生中やチューハイ2、3杯飲めるくらいにはなりたい。まあ馴れだとは思うんですけど、もどしたり、無意味に浮かれたり、やるせない気持ちになったりと、お酒に耐性がつくまでの過程をもう一度繰り返すことを考えると、面倒くさいんだよな(=w=)

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「ジヴェルニーの食卓」

 原田マハの「ジヴェルニーの食卓」を読んだ。原田マハに関してはかなり昔に、日本ラブストーリー大賞を受賞した「カフーを待ちわびて」という小説を読んで以来手をつけていなかったのだが、その後次々と美術に関する小説を発表しており、最近面白く読んでいる。「ジヴェルニーの食卓」は、マティスドガセザンヌ、モネといった画家を周囲の女性たちの目から描いたものだ。直接ではなく周囲の人物たちに語らせることで、画家たちの人物像が浮かび上がってくるようだった。
  原田マハは元キュレーターだけあって、題材にする画家については、生地やゆかりのある地を直接訪ねたりするなど、綿密に調べるらしい。そうした調べごとに加えて、芸術への愛情、高い語学力に基づいた表現力があるから、すごくリアリティを感じる。エッセイの「やっぱり食べに行こう」ではこう書かれている。

 アートをテーマにした小説を書くときにいつも心がけていることは、いかにも「これはほんとうにあったことかもしれない」と感じていただけるように書くこと。ただし、実在のアーティストが登場する場合は、彼らに対するリスペクトと愛情を決して忘れない。そうすることによって、読者がアートに対して興味をもち、自分自身でもっと調べたり、美術館に出向いてくれたりすればと願いを込めている。

ジヴェルニーの食卓 (集英社文庫)

ジヴェルニーの食卓 (集英社文庫)

 

正月麻雀

 明けましておめでとうございます。お正月は、叔父の家に恒例の正月麻雀をしに行ってきました。
 1半荘目は、従兄弟のK君が調子がよくて1位(一つひとつの和了り手が大きかった)。私はテンパイしていないのに和了り宣言するというチョンボをやらかしまして、罰金8000点…。これが痛くて、最終局には叔父に三暗刻をツモられて4位に沈みました。そのあともう半荘打ったんですけど、もう運は逃げてしまったかなと思っていたら、リーチ一発平和一通ドラ1を和了るなどして、今度は1位。起伏が激しかったですけど、足して2で割ったら真ん中ぐらいだからよかったんじゃないかな…(=w=) まあでも順位そのものより、今年は麻雀はやらないと思っていたので、親戚の皆で打てたことが嬉しかったです(全員マスク着用麻雀w)。
 

牛の置き物

 買ったんじゃなくてジモティーで無料で譲っていただいたものなんですけど、牛の置き物。とても気に入っています。今年を振り返ってみると、都築響一の写真集も古着のジャケットも買ったときはうれしかったけど、この置き物以上に喜びを覚えたものはなし。

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お題「#買って良かった2020 」

「生きてるだけで、愛。」

 映画「生きてるだけで、愛。」を見た。ウツで引きこもりの寧子は、恋人の津奈木と同棲生活を送っているのだが、津奈木の元カノの策略により、寧子はレストランで働くことになるのである。
 ヒロインの寧子を演じる趣里さんがすごかった。映画の最初のほうでは、同棲相手の元カノに対して「わたしより症状ひどくないですか?」とか、面接の場面で「いやいやいや…」「わたしのは冗談みたいなウツで…」とか言ったりして、結構笑えるんだけど、終盤は迫真だった。ひょんなことがきっかけで職場を飛び出し、もう心がグシャグシャで、ギリギリに追いつめられたところでの全裸での吐露! 「イケるって思ったんだけどなあ!」は心に刺さった。なんかもう演技とは思えないほど突き抜けていたよなあ。やっぱり映画(邦画)ってたまにすごいのに遭遇する。趣里さん、間違いなく2020年のマイベスト主演女優。


『生きてるだけで、愛。』予告 11月9日(金)公開

「女子学生、渡辺京二に会いに行く」

 渡辺京二の「女子学生、渡辺京二に会いに行く」を読了する。津田塾大学三砂ちづるのゼミ生たちの卒論について、渡辺京二がコメントしたことがまとめられている。

あのね、最初から自己は実現されているんだからさ、その自分に沿って生きていく、それでいいんです。

専門的にそういう学問をやっていかないとしても、仮に平凡な妻、母親になるとしても、一生本を読んでいきなさい。本を読むということは持続です。書くこともそうですが、持続です。
 私はさっき言いましたように、一〇歳ぐらいのみぎりからずっと絶え間なしに書いてきたように思うんですが、これも持続です。学問も持続です。だからずうっと本を読んでいきなさい。
 あたしは平凡な社会人になったらもう学問とは縁がない、とは思わないことです。普通の平凡な社会人でもちゃんとした読書人にはなれます。一生本を読みつづけることが大事です。

 30代のころは力を持て余していたから、自分の可能性をぶちつけてやりたいと思っていた。でも今は、ありのままの自分を受け入れて生きたいという気持ちが強い。自分は自分でいいということ、無名に埋没すること、一生本を読んでいくこと、本を読むことは持続であるということ。渡辺京二の言葉はときに奔放で、ときに優しい。そっと背中を押してくれるようである。惰性でも何でも、本だけは読んでいこうと思う。 

「すこやかな服」

 マール・コウサカの「すこやかな服」を読了する。筆者のファッションブランド・foufouは実店舗を持たず、製品をSNSで公開し、全国各地で試着会を開催した後、オンラインストアでのみ販売するという独特の方法で注目を集める。

 値上がりし続ける消費税や電気代、不安な将来への貯蓄。現実的なあれこれを考え始めると、服が大好きという人ならともかくとして「いい服を買おう」なんてかなり優先度が低いのではないか。
 とはいえファストファッションだけじゃあファッションの魔法をかけられてしまった僕のような人間は満足ができないんだ。
 新しい服に袖を通して鏡の前に立ったときのあの感覚がやっぱり好きだ。美しい服を身に纏うと背筋が少し伸びる。 
 鏡を見ると、知っている自分なんだけど知らない自分が目の前にいる。「こんな自分もいいかも」と少し気分が上がる。
 外に出ていつもの道を歩き出す。布の弛みを感じる。服に擦れる繊維が心地よい。
 どうしてか街の景色も変わって見える。いつもよりキラキラしている! 世界はきっと素晴らしい!

 この文章には筆者の服への愛情がある。もちろん成功の裏には、インターネットを含めた柔軟な仕掛けづくりがある。アパレル業界は服を作りすぎて在庫を余す。そのためセールの時期がどんどん前倒しになり、セール前提での価格設定になる。この時代にそんな姿勢で何万円もする服を毎シーズン売りつづけることなんてできるわけがない。筆者が決めたのは、卸売りをしないこと、それからセールをしないこと、そのかわり確実に売れる数を作って売り切った上で、再販売ができる服を増やすこと。流行に左右されないデザインだから、複数年に渡って同じ服を販売できる。ロスをなくす仕組みづくりは理にかなっているが、発想の裏には服への愛情もあったから人の心をつかめたんだとこの文章を読んですごく感じた。服って大事に着れば長く使えるし、愛着がわく。物欲のはけ口ではなくて、本当に普段の風景を少し変えてくれるものである。 

すこやかな服

すこやかな服

 

 

「コロナの時代の暮らしのヒント」

 井庭崇先生の「コロナの時代の暮らしのヒント」を読了する。この状況は短距離走ではなくマラソンのようなものだから、マラソンなりのやり方やペース配分、心持ちが必要とのことである。

 でも今年は、そういう大自然のある場所に遊びに行くのは、難しいかもしれません。
 そうだとすると、自然に触れるということは、あきらめるしかないのでしょうか? 
 いや、あきらめる必要はありません。
 もっと身近に、小さな自然と持ち、その自然に触れるという手があります。
 庭やベランダで野菜を育て、それを通じて自然とのつながりをつくるのです。
「家庭菜園」というと庭をイメージするかもしれませんが、ベランダのプランター(植木鉢)でも十分に育てられます。

 感染のリスクを考えたり、外出の自粛をしたりで、これまでできたことの多くのことができなくなってしまいました。
 楽しみにしていた予定がキャンセルになったり、計画を変更せざるを得なくなったり。
 仕方ないと頭ではわかっていても、あれもこれもできなくなってしまっている現状はとても残念ですし、不自由さも感じます。
 でも、そんなふうに落ち込んでいても、よいことはありません。
 この新しい日常を生きていくしかありません。
 そこで、今自分が「できること」をできるだけたくさん書き出してみます。
 紙と鉛筆を用意して、「できること」を思いつく限り書き出してみるのです。

 そうすると、今でもできることがとてもたくさんあることに気づくはずです。
 これまでは当たり前だと思っていたこと、忘れていたこと、考えもしなかったこと、そういうことを改めて今「できること」として捉えてみると、「できなくなったこと」の数よりもずっと多いことに気づきます。
 そのことを実感すると、閉塞感は和らぎ、前向きな気持ちが生まれます。
 そして、気にいったものを実際にやっていくことができます。

 わが家では、子どもとおやつづくりをするようになりました。
 どこかに出かけて、おいしいスイーツを食べる、なんてことも難しくなってしまったので、それならば、自分たちでおいしいものをつくればいいんだ!

 確かに出来なくなったことを考えると気が滅入るので、出来ることを考えたほうがいいかなと思う。となるとやっぱり、家庭菜園や料理になるのかしらん(韓国語は早々に挫折しました…(=w=))。少しだけど経験があるし、楽しそうである。手や体を使うので、気持ちのリフレッシュにもなりそうだし。毎日が単調になりがちだけど、わが家の状況を鑑みた場合、イベントに参加したり外食に行ったりはムリ…。家族への感染源とならないよう努めるぐらいがせめて今の自分に出来ることぐらいの現状、家のなかで出来ることに手をつけてみたい。とりあえず井庭先生おすすめのナス・ピーマン・トマト栽培を中心に、来年のベランダ菜園ローテを組んでみよう( ・`ω・´) 

コロナの時代の暮らしのヒント

コロナの時代の暮らしのヒント

  • 作者:崇, 井庭
  • 発売日: 2020/09/29
  • メディア: 単行本