群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

三ノ宮へ

 先日は三ノ宮へ。ギャラリー島田に「津高和一展」を見に。思えばこのギャラリーで欲しい絵といえば、津高先生の作品もありましたね…。一階ではコレクション展「笑う門出に福来たる」が催されていました。西村功先生の絵、良い。静謐な空間で正月で倦んだ心を洗い流すような展示を見せていただきました。
 その後元町方面へ流れて、花森書林さん、1003さんへ。花森書林さんで『子どもの本屋、全力投球!』、1003さんで『じゃむパンの日』を購入。今年も買い支えしたいお店でお金を落とさなくては…。去年の年末に面白そうなギャラリーを2つほど見つけていたんですけど、この日は開いていなかったのでパス。実際に展示を見れるのは大分先になるのかな。
 思い返せばこの数年間、決まってコロナが流行っていたので、1月に三ノ宮には行けていなかったんですよね。久しぶりに1月に生田様でお参りできて嬉しいかぎり(えらい混みようだった…)。今年もこのまちに足を運びます。

正月麻雀

 新年おめでとうございます。今日はとなり町の叔父の家に、正月恒例の麻雀に行ってきました。三が日から運を(まったく)使わなくて良かったな、という、正月恒例の結果になりましたが、いや、でも本当に、三が日から運を使っても仕方がないのですよ…。皆で例年どおり、マスクもつけず、楽しく打てたことが何よりだったのではないでしょうか…。帰り道、17時を過ぎても陽が残っていて、気持ちがほんのり明るくなりました。今年が平和と安寧に満ちた一年になりますように。皆様におかれましても個人的にも、佳き一年となりますように。

楽しい翻訳フリーペーパー

 久しぶりにフリーペーパーを作りました。初めは自分の好きなことを書き散らしていたこのフリーペーパーも、近ごろはすっかり真面目な翻訳フリーペーパーになりまして(うん?)…。
 版権などの問題があるから、訳せる記事は限られているんですよね…。その限られている記事でさえ最近はネットで瞬時に日本語でアップされてしまうので、もうそろそろ作るのをやめようかなとも思うのですが、なぜか1年に一度くらい面白い記事が見つかり、自分で訳してフリーペーパーを作ってみたくなります。
 デザイン力もないのに、なぜフリーペーパーなんか作ってるのかというと…。それはこの業界、翻訳学校に通って、紹介されたトライアルに合格しなきゃいけなかったり、そのトライアルでさえ受ける前にTOIECで900点取る必要があったり、そういうシステマティックなところがどこか感じられまして…。そういうのはありていに言って面白くない! ささやかですけど自分なりのプロテストという側面もありますし、また自分で作る場所づくり、という側面もあるかもしれません。
 というわけで、楽しい翻訳フリーペーパー『ザンボックリ』15号は、神戸の花森書林さん、1003さん、大阪のシカクさん、東京のタコシェさんに近々発送させていただきます。芦屋の風文庫さんが復活したらホンダ堂の棚に置いておきますので、お近くにお住まいの方、ご機会がありましたらぜひお手にとってみてください。今回はとあるアメリカの作家に関する記事を訳しました。

イヌイマサノリさんの絵

 先日、イラストレーターのイヌイマサノリさんの絵を購入させていただきました。
 嬉しいは嬉しいのですけど、今回、イヌイさんの在廊時に伺えなかったんですよね…。かなり前からイヌイさんに「いつか(絵を)買いますよ」と口約束していただけに、やっぱり在廊時に購入したかったというのはあります…。イヌイさんも、「こいついつも買う買う言うてるけど、まさか実際には買わんやろうな…」ぐらいに思ってはったと思うので…。絵の受け渡しに関しても、風邪を引いて受け渡しの日を一回キャンセルしてしまったり、メールの返信が来ないなと思っていたら平日20時にまさかのギャラリーオーナーの突然の来訪があったりと、結構ごたついてしまったので…(携帯に「今から伺います」という留守電が入っていたのを見逃していた…)。絵を購入する際のルールってギャラリーによって違うみたいですから、こちらもよく確認しておくべきだったなと…。絵って決して安い買い物じゃありませんから、やり取りの大切さとか、その際のこちらの気持ち、絵を購入するということの難しさを感じた一件でした。来年以降イヌイさんの個展があったら在廊時に伺って、一言お礼を言わねばと思います。

本当の気持ちを書いた文章

『私の文学史』読了。

 面白い随筆を書くことについて、町田は、「そのときどきの本当の気持ちを書くこと」が大事だという。

「そんなん、普通ちゃうんか」というかもしれませんけど、実はね、これをやっている人は、ほとんどいないんですよ。文章がうまい人はいます。文章のうまさで読ませる人はたくさんいます。でも、そのときどきの本当の気持ちとか、本当に思ったこととか、本当に考えたことを、自分が本当に――というのは、本当に頭の中で浮かんでいたこと、これをそのまま書いている人、加工はします、文章の技術は使います、ただ、その気持ちをダイレクトに書いている人っていうのは、ほとんどいないんですよ。でも、たまにいるんですね、たまにいると、そういう人の書いた文章を読むと、メチャメチャおもしろいんです。西村賢太の小説が、なぜ、おもろいか。ホンマに書いているからです、思うたことを。これがおもしろいんです。

一つは、さっき言った、文章の自意識。なんか、カッコええことを書かなあかんからとか、いざ文章を書くとなると、ええ感じにせなあかんなという、そのことに阻まれて書けないんです。それともう一つ、なんの自意識に阻まれているかというと、普通という意識です。

 私もこの自意識というものに邪魔されるから、自分の文章を書くのはあまり好きではない(最近少しはマシになった気もするんですけど…)。翻訳をやっている方が好きである。翻訳の場合は、英文が何を言いたくて、それをどう日本語で表すかを考えることに集中しなくてはいけないから、自分や自我とかいうものから逃れることができる。同じような意味合いで、いとうせいこうが翻訳をすすめていた記憶がある。

話が循環しますが自意識を取り払った文章、文章そのもの――これを丸谷才一なら「呪術的」と言うかもしれませんが、呪術的な文章の力によって、その文章という船に乗れば、自分が考えている変なことに突き当たる水路、海流に乗れるかもしれない。こういうことがあるわけです。そのために、文章を書くためには、文章を書くときのカッコつけの自意識を外すことをしなければならない。まず、一度外すと文章の自意識がなくなります。そうすると、文章を書くことが楽しくなって、スルスルと文章の推進力によって、言葉を書き進めていくことができます。その、言葉を書き進めていく推進力に従ってどんどん進んでいくと、自分が本当に考えている変なことにたどり着くかもしれない。

 個人的に、ZINEや人のブログを読むのが好きだ。人の日常や思考を垣間見ることは面白い。それに、そういう好きで書いている人の文章は、プロの作家やライターと比べると技術的には及ばないかもしれないけど、その分力が抜けて魅力的なものに遭遇することが多い(最近はプロ顔負けの文章を書く方もいらっしゃいますけど)。そして町田が言うように、自分に正直な文章は確かに読んでいて面白い。写真家の植本一子はプロだけど、そういう自分に正直な書き手の一人で、自分の日常をすべて包み隠さず書いてしまう。ここまで書くのか、とこちらが呆れるほどの徹底ぶりで、そこが彼女の文章を読んでいて面白いところだと思う。
 カッコつけの自意識を外すと推進力に乗ってどんどん進み、自分が本当に考えている変なことにたどり着く、か。文章を書くプロセスって、本来こういう即興的なものなのかもしれないですね。私ももう少し力を抜いて、自分に正直な文章を書いてみたいな(別に今書いてるブログの文章がウソだというわけではないんですけど 笑)。そうすれば、文章を書く前とは違う場所にたどり着くことが出来るのかも。ああ、やはり自分の文章を書くのって難しい!

買ってよかった2022

 今年も買い物に苦しみ、買い物でひと時の慰みを得てきました…。でも、このソニーコンデジ、RX100は心から買ってよかったと思えます。数年前にキャノンのEOS M100というカメラを購入したのですが、結構かさばるということがあり、外に持ち出して撮影する機会が皆無だったんですよね…。このRX100はとにかく軽い! そしてカバンの中に入れていても場所を取らない! 10年前に出たカメラですし、中古なので、それほど傷つくのを気にしなくてもいいのもポイント高し。正直、ただでさえ外出する機会が減ったのに、新しいデジカメなんて買っても果たして使うのか!? と疑問でしたが、いい意味で裏切られました。お墓参りの里帰り、旅行にも持って行きましたし、今ではちょっと街に出る際に携行して、気が向いたらシャッターを押す愛機になりました。

今週のお題「買ってよかった2022」

ニホンイシガメ檸檬さん、冬眠入り

 ニホンイシガメの檸檬さん、雨の後で寒くなったので、冬眠させました。落ち葉を敷いて水を深めに張った暗いコンテナの中で、来年の3月まで冬眠してもらいます。明日の最高気温は予報によると11度くらいなので、ここがタイミングかなと(ここまで冬眠の時期が遅れるのは珍しい…)。まだコンテナの中を泳いでいますが、温度が下がってきたら寝てくれるでしょう…。檸檬、来年の春に、また会おう。

 

 

 

 ベランダを掃除してたら、思わぬ出会いがありまして…。

 ニホンヤモリ、めちゃ可愛ええ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*
 ものすごく飼いたかったんですけど、生き餌(クモやコオロギ)の確保が難しそうだったのと、飼育下ではストレスをためがちということで、リリースしました。うちにこんな予期せぬ住人がいたとは…。家を守ってきてくれたのかもしれないですね。願わくば、このニホンヤモリがこの先もうちのどこかで暮らしていてくれますように。

「石井一男展」「須飼秀和展」

 昨日は三ノ宮のギャラリー島田へ、「石井一男展」と「須飼秀和展」を見に。この時期恒例の個展。
 このギャラリーでもう一枚絵を求めるなら、笹田敬子先生の作品も捨てがたいけど、やはり石井一男先生の絵が欲しい。石井先生の絵はイコン画が有名だけど、年々少しずつ変化が見られ、今年は多色使いの女神、宇宙の中の仏のような女神、燃え立つような女神もあった。常に新しい境地を模索しているような姿勢が垣間見えて、背筋が伸びる思いがする。先生の絵は花も良いのだけど、でも、もし自分の家に飾るなら、花よりやっぱりイコン画かな。どのイコン画がいいだろう、あっちのイコン画は意欲的な作風だけど、飾るならこっちの方が落ち着くかも……などと、買うことをシミュレーションしながら見ると、またいつもとは違った見方が出来て面白かったです。一つ残念なのは、石井先生の絵を今買うにはとてもじゃないけど私に余裕がないということでして…。これはやっぱりあれだな、先生は50歳手前でデビューするまで、そしてデビューしてからも黙々と絵を描いて今のご自分をお作りになったのだから、その作品を買う者にもそれ相応のものが必要とされるということでしょう(そんなことを言っていたら人生が終わってしまう気もしますけど…)。年の瀬を前に、このギャラリーの空間でお二方の絵を堪能でき、良い時間を持てました。

ほんのわいち

 高砂十輪寺で催された一箱古本市「ほんのわいち」へ行ってきました。晴天に恵まれ初めての句会にも参加でき、楽しいひとときでした。俳句を詠むのって初めてだったから、出来なかったらどうしよかなと結構プレッシャーだったんですけど … 笑。昔、ふかわりょうさんがやってた短歌のラジオ番組に投稿したことはあるんですけど、どうにも苦手で…。俳句って感傷的な方向に流れにくいところがよいですね。何とか詠めたのでホッとしました(高砂という言葉はどうにかして入れたいと思ってた)。

高砂の 秋空肥ゆる 古本市
(ホンダ堂)

スニーカー

 

 4月にお迎えしたジャックパーセル君(先日見た映画でも、このスニーカーがすごく印象的な使われ方をしてましたけど…)。どうにも私の足には窮屈、履くたびに足の側面が痛む始末なので、泣く泣くお譲りいたしました…。もう一サイズアップしたら履けるのかもしれないけど、あいにく今の私に、これ以上靴とかにお金を使う余裕はないのです…。ということで、靴入れから古いアディダスを引っ張り出してきました。スニーカーに関しては、当面はこの3足で回していきたい所存…。スニーカーの底が減るのも、心なしか少しはやくなってきたみたいです。