群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

パキポディウム・ロスラーツムちゃんをお迎え

 先日は三宮へ。1003さんの「かたまりPOP UP 一読一植」でパキポディウム・ロスラーツムを購入。

 これまでにもサボテンや多肉に引かれ、いくつか育ててきたけれど、このマダガスカル原産の塊根植物はサボテンとも多肉とも異なる外観。ぷっくらとした幹にトゲ、そしてちょこんと生えている葉。こんな植物、初めて見たわ…。「育ててみたい」という気持ちを猛烈に刺激してくるやつである。
 育て方は、春と秋は屋外に出して風通しのいい場所に置く。夏も屋外に出すが、午前中だけ日光に当てて、午後は日陰に移す。冬は室内に入れて、断水気味にする。このあたりはサボテンと似ているが、難しいのが水やりの頻度。完全に土が乾いてからたっぷりやる、とな。これは見極めが難しそうだな…。私はズボラで、これまでにも100均で買った植物をいくつもダメにしてきたから…。でも、こちらが神経質になりすぎると、それが植物に伝わってしまうのも事実。鷹揚な精神で育ててやりたい(販売されていたなかで、10cmくらいのものには6万円くらいの値がついていた! 売る気はないけど…)。末永い付き合いになりますように。

三宮へ

 先日は三宮へ。ギャラリー島田でミニアチュール神戸展 Vol.21「声の記憶」を見る。久しぶりに鳥居洋治さんの作品を拝見する。元気でやっておられるのか…。ホッとする思い。1003さんで『ほんとにそいつは敵なのか』を購入(この本がめっぽう面白い)。
 この数日、クーラーの効いた家の中に引きこもっていた。日本の夏はもはや、日中に外出するのが困難な季節になってしまったように思える。だが、先日外出して分かったことがある。クーラーの効いた家の中にばかりいると、それはそれで体調がおかしくなるということだ。定期的に外出しないと、いわゆるクーラー病になってしまうのである。先日は歩いて汗をかいたおかげで、体もずいぶんすっきりした気がする(そのかわりに、水分補給や帽子をかぶるなどの対策は必須だが…)。気候変動で夏の外出が大変な労苦になってしまったけれど、体調を整えるためにも、やはり定期的に外出しないといけない。この暑さはあとどのくらい続くのだろうか…。すでに秋が恋しいわ…。

 

 

辞書環境

 ついにPASORAMAがWindows11で使えなくなった。
 PASORAMAというのは、セイコーインスツルが展開していた電子辞書シリーズであり、本体をUSB接続することによって、パソコン上で複数の辞書コンテンツを一括検索できるという優れものだった。
 英語力が他の訳者に比べて相当不足しているということを前提にしても、辞書を丁寧に引けば減らせる誤読というのはあって、そういう意味でPASORAMAは重宝していた。なにせ、ランダムハウス、リーダーズ、リーダーズ・プラスを一括検索できたのである。物書堂などを含めて訳者の辞書環境が変化していることは認識していたが、自分はこれからどう整備していけばいいのだろうか…。物書堂ってそもそもApple製品専用のアプリだしな…。予算も不足しておる…。研究社オンライン・ディクショナリーへの登録なども考えてはいるが、PASORAMAほどの充実した用例は見込めそうにない。当面、リーダーズと英辞郎で頑張るしかないのかね…。
 このほかにもパソコンのCドライブの容量が圧迫されるなどの問題を抱えており、デスクトップ周辺の整備が急務である(´・ω・`)

Oさん

 先年の暮れに大学時代の先輩であり、バイト先の先輩であるOさんに再会した。Oさんは美人で仕事もでき、バイト先では人気があった。付き合いたい女性アルバイトとして、男性アルバイト一同から1位に選ばれたこともある。そんなOさんではあったが、わりと服装に厳しいバイト先に真っ赤なセーターを着てくるような人ではあった。普段は厳しい上司もOさんには注意できないのである。注意できないのは仕事ができるからというよりも、そのふんわりとした雰囲気故だったのかもしれない。私にとってはこんな姉様がいたらいいよな、というような存在だった。現在は専門職に就いておられて、小さな事務所ながらきびきびと働いておられた。
 再会して思い出したんだけど、そういえば学生時代には、私も今のOさんのような働き方がしたいと考えていたのだった。大きな会社でやっていくのはどだい無理な話であり、小さな会社であっても自分の好きなことで食べていきたい、と(残念ながら今の私はOさんほど精力的に働くことはできていないわけだが…)。

マクドナルド×細田守監督コラボCM


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 マクドナルドと細田守監督作品のコラボCM。これは刺さるわ…。『時をかける少女』の公開年が2006年。ついこの前見たような気がするんだけど。人はこうやって年をとるのだな…。
 時間は不可逆であり、未来に向かってしか生きられない人間の切なさ、美しさを、この上なくみずみずしい形で描いたのが、細田版『時をかける少女』という映画だった。それは、生きること、それも「今を生きること」の強い肯定でもある。千昭は未来へ帰ってしまったけど、真琴の生きる世界の先には、確かに、千昭がいるのだ。
 しかし公開年が2006年ということは、当時の高校生が現在、30代後半ということか…。今の若い人、もはや『時をかける少女』を知らないだろう。去年の『めぞん一刻』コラボCMもそうだったが、マクドナルドは完全に中高年のノスタルジーを狙い撃ちしにきているよな…。

最近の読書

 図書館で『クラバート』を借りたのは、『図書館、山へ分け入る』で青木海青子さんが書かれた次のような文章を読んだからなのだった。

 プロイスラーは「わたしが『クラバート』で表現しようと試みたものは、ひとりの若者が――当初はただの好奇心から、そしてのちにはこの道を選べば、楽な、けっこうな生活が確保できるという期待から――邪悪な権力と関係をむすび、そのなかに巻きこまれるが、けっきょく自分自身の意志の力と、ひとりの誠実な友の助力と、ひとりの娘の最後の犠牲をも覚悟した愛とによって、落とし穴から自分を救うことに成功するという物語です」(383頁)と語ります。闇の深さ、夜の暗さを凌ぐために、魔法の明かりを灯すことがある。けれど時がくれば、魔法を手放して、自らの手で火を灯し、明かりを持ってその足で歩かないとならない。そうしなければ、いつか自分自身が誰かを閉じ込める「親方」になってしまう。

『図書館、山へ分け入る』では、ファンタジーから映画まで多様なテキストが引用され、文章は弱者の視点に寄り添いながら、学術的な整合性をも意識したものであり、読みごたえがあった。他にも伊丹空港の中村地区に関する文献や、『さんかく窓の外側は夜』『海が走るエンドロール』などのマンガも紹介されており、ぜひ読んでみたくなった。

当時、「命からがら逃げ出して、逃げ出した先で図書館を作った」というのは受動的な行為で、ただのなりゆきではないか、主体性のある行為ではないじゃないか、との言葉も受けましたが、私はそうは思いません。その場から奔走することで、その場がいかに一つの原理で覆い尽くし例外を抹殺しているか、その場で生きることがどれだけ苦しいかということを主体的に、切実に表現することができるのだと今でも信じています。


 今年になって柚木麻子の小説をずっと読んでいる。彼女は女性の生きづらさや、その背後にある仕組みのようなものを一貫して書き続けている。とりわけ良かったのが『終点のあの子』だった。女子校での生々しい感情の揺れ動きやパワーバランスを描いた本作は、4つの短編から成っているのだが、4つのうち3つはビターエンドで終わる。だが、最後の4つ目の短編にだけ希望を残すのである。4つのうち3つをビターエンドで終わらせたのなら、4つ目もビターエンドで振り切ればいいのに、とも思ったが、この4つ目のエンディングがあるから主人公もこの小説も救われている。本当、格好よくも何ともないエンディングなんだけど、それが良い。ちなみに本作には2人の主人公がいるが、もう1人の主人公のその後については書かれていない。それはある程度、彼女の将来というのが見えているからではないか。書く必要はないと作家が判断したのだろう。柚木さんの小説はエンパワメントよりも、女性の生きづらさのほうが良い。

 

夏、来たる。

 初蝉。曇りがちだったけど、午後には晴れ間も見える。図書館で『クラバート』『ザリガニの鳴くところ』『踊る彼女のシルエット』を借りる。もうこれはあれだ、梅雨明けだ、梅雨明けでいい。夏、来たる。アラフィフおっさんの楽しい楽しいひと夏の始まりだよー\(^o^)/


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なぜワタクシはアロハシャツを購入するに至ったのか

 アロハシャツを購入してしまった。デッキシューズを購入したいと思っていたワタクシが、なぜアロハシャツを購入するに至ったのか?
 事の発端は、リサイクルショップを数軒はしごしているうちに、niko and...がレインスプーナーに別注したアロハシャツを偶然見つけてしまったことだった。それ以降寝ても覚めても、ワタクシの頭の中はそのniko and...別注アロハシャツのことでいっぱいだった。次の休みの日には、絶対に自転車でリサイクルショップまで乗り付けて、そのアロハシャツを買い求めようと思っていたのである。だが、例によってコパイロットちゃんにコーデ画像を生成してもらったところ、このniko and...別注のアロハシャツ、アラフィフのおっさんが着用するにはどうにも派手に見えた。それで迷いに迷い、結局メルカリで、ユニクロとレインスプーナーのコラボによる、比較的落ち着いた柄のアロハシャツを買ってしまった、という経緯である。
 このようにリサイクルショップというのは決して、探しているアイテムが見つかる場所ではない。思わぬ掘り出し物に遭遇してしまう場所なのだ。だから今回のように、自分でもわけがわからない買い物をしてしまうこともある。
 というか、今回ワタクシは結局、リサイクルショップで買い物をしていない。リサイクルショップはただ、アロハシャツを買いたいという物欲を引き起こすきっかけになっただけだ。
 それにしても、このアロハシャツをこの夏、1回でも着用するのだろうか? ただでさえ落ち着いた色や柄を好むようになっているのに……。リサイクルショップ、恐ろしや。

 

デッキシューズ、その後

 リサイクルショップを数軒はしごして分かったことがある。それは、状態がよくジャストサイズで、予算内に収まる自分の気に入った色のデッキシューズに出会える確率なんて、奇跡に近いほど低いということである。そのかわりに、デッキシューズの代わりになるような靴を見つけた。それは、ORSOO(オルソー)というメーカーの靴である。オーロラシューズをモチーフにして作ったと思しきハンドメイドのこのレザーシューズ、ビルケンシュトックのような丸みのあるフォルムながら、革ならではの上質さも備えていて、一目で欲しくなった。
 ただ問題があって、この靴はお値段がかなり張るし、サイズも自分には合わなかった。ああ…私はただ、シャツにチノパン、足元に一枚革の革靴を合わせたいだけなのに…。この夏中に良い出物に遭遇することはかなわないのだろうか…。仕方ないので、コパイロットちゃんに生成画像を作ってもらった。モデルはもちろん、あの御方www

 

 

 こういう画像も生成してもらっていたら、もうサンダルでええやん、という気持ちになってきた…。

 

デッキシューズ

 デッキシューズが欲しくてたまらない。メルカリを漁りヤフーフリマを漁りヤフオクを漁り、リサイクルショップも数軒はしごしたが、これぞというものは見つからなかった。デッキシューズは昔から鬼門なのだ。サイズ、色、予算、すべてが合致するものに出会えた試しがない。
 大体2026年のこの現代において、デッキシューズを履く輩なんてそんなにおらんやろ…若い人でデッキシューズなんて履いている人、見たことあらへんやん…とも思うのだが、これが一定数いるらしいのである。現にメルカリでは、状態のよい品、ゴールデンサイズとされる品は売れている。中高年のアメトラクソ野郎には需要があるのかもしれない。流行にも左右されないし。
 思えばストリートのスタイルはずいぶんと様変わりした。オーバーサイズがトレンドなのは認識していたが、最近はシャツやTシャツをタックインしている人たちをよく見かけるようになった。私が若い頃、シャツをタックインすることはかなりイケていない行為だとされていた。シャツのタックインとはオタクの典型とも言える行為だったのである。おしゃれに見せるにはそれなりの見せ方が必要だった。だからシャツやTシャツをタックインしている今の人たちを見ると、隔世の感がある。
 だからといって自分がまちでシャツやTシャツをタックインするかというと、多分やらないだろうなと思う。普段着るものがすでに、リーバイスの501とかチノパンとかマドラスチェックのシャツとか、流行とはほど遠いところにあるものばかりなのである。こればかりはもう、開き直るしかないのである。流行とは基本的に、若い人たちのもののはずだから。良いデッキシューズ、見つかるかしらん。