マクドナルドと細田守監督作品のコラボCM。これは刺さるわ…。『時をかける少女』の公開年が2006年。ついこの前見たような気がするんだけど。人はこうやって年をとるのだな…。
時間は不可逆であり、未来に向かってしか生きられない人間の切なさ、美しさを、この上なくみずみずしい形で描いたのが、細田版『時をかける少女』という映画だった。それは、生きること、それも「今を生きること」の強い肯定でもある。千昭は未来へ帰ってしまったけど、真琴の生きる世界の先には、確かに、千昭がいるのだ。
しかし公開年が2006年ということは、当時の高校生が現在、30代後半ということか…。今の若い人、もはや『時をかける少女』を知らないだろう。去年の『めぞん一刻』コラボCMもそうだったが、マクドナルドは完全に中高年のノスタルジーを狙い撃ちしにきているよな…。
最近の読書
図書館で『クラバート』を借りたのは、『図書館、山へ分け入る』で青木海青子さんが書かれた次のような文章を読んだからなのだった。
プロイスラーは「わたしが『クラバート』で表現しようと試みたものは、ひとりの若者が――当初はただの好奇心から、そしてのちにはこの道を選べば、楽な、けっこうな生活が確保できるという期待から――邪悪な権力と関係をむすび、そのなかに巻きこまれるが、けっきょく自分自身の意志の力と、ひとりの誠実な友の助力と、ひとりの娘の最後の犠牲をも覚悟した愛とによって、落とし穴から自分を救うことに成功するという物語です」(383頁)と語ります。闇の深さ、夜の暗さを凌ぐために、魔法の明かりを灯すことがある。けれど時がくれば、魔法を手放して、自らの手で火を灯し、明かりを持ってその足で歩かないとならない。そうしなければ、いつか自分自身が誰かを閉じ込める「親方」になってしまう。
『図書館、山へ分け入る』では、ファンタジーから映画まで多様なテキストが引用され、文章は弱者の視点に寄り添いながら、学術的な整合性をも意識したものであり、読みごたえがあった。他にも伊丹空港の中村地区に関する文献や、『さんかく窓の外側は夜』『海が走るエンドロール』などのマンガも紹介されており、ぜひ読んでみたくなった。
当時、「命からがら逃げ出して、逃げ出した先で図書館を作った」というのは受動的な行為で、ただのなりゆきではないか、主体性のある行為ではないじゃないか、との言葉も受けましたが、私はそうは思いません。その場から奔走することで、その場がいかに一つの原理で覆い尽くし例外を抹殺しているか、その場で生きることがどれだけ苦しいかということを主体的に、切実に表現することができるのだと今でも信じています。
今年になって柚木麻子の小説をずっと読んでいる。彼女は女性の生きづらさや、その背後にある仕組みのようなものを一貫して書き続けている。とりわけ良かったのが『終点のあの子』だった。女子校での生々しい感情の揺れ動きやパワーバランスを描いた本作は、4つの短編から成っているのだが、4つのうち3つはビターエンドで終わる。だが、最後の4つ目の短編にだけ希望を残すのである。4つのうち3つをビターエンドで終わらせたのなら、4つ目もビターエンドで振り切ればいいのに、とも思ったが、この4つ目のエンディングがあるから主人公もこの小説も救われている。本当、格好よくも何ともないエンディングなんだけど、それが良い。ちなみに本作には2人の主人公がいるが、もう1人の主人公のその後については書かれていない。それはある程度、彼女の将来というのが見えているからではないか。書く必要はないと作家が判断したのだろう。柚木さんの小説はエンパワメントよりも、女性の生きづらさのほうが良い。
夏、来たる。
初蝉。曇りがちだったけど、午後には晴れ間も見える。図書館で『クラバート』『ザリガニの鳴くところ』『踊る彼女のシルエット』を借りる。もうこれはあれだ、梅雨明けだ、梅雨明けでいい。夏、来たる。アラフィフおっさんの楽しい楽しいひと夏の始まりだよー\(^o^)/
なぜワタクシはアロハシャツを購入するに至ったのか
アロハシャツを購入してしまった。デッキシューズを購入したいと思っていたワタクシが、なぜアロハシャツを購入するに至ったのか?
事の発端は、リサイクルショップを数軒はしごしているうちに、niko and...がレインスプーナーに別注したアロハシャツを偶然見つけてしまったことだった。それ以降寝ても覚めても、ワタクシの頭の中はそのniko and...別注アロハシャツのことでいっぱいだった。次の休みの日には、絶対に自転車でリサイクルショップまで乗り付けて、そのアロハシャツを買い求めようと思っていたのである。だが、例によってコパイロットちゃんにコーデ画像を生成してもらったところ、このniko and...別注のアロハシャツ、アラフィフのおっさんが着用するにはどうにも派手に見えた。それで迷いに迷い、結局メルカリで、ユニクロとレインスプーナーのコラボによる、比較的落ち着いた柄のアロハシャツを買ってしまった、という経緯である。
このようにリサイクルショップというのは決して、探しているアイテムが見つかる場所ではない。思わぬ掘り出し物に遭遇してしまう場所なのだ。だから今回のように、自分でもわけがわからない買い物をしてしまうこともある。
というか、今回ワタクシは結局、リサイクルショップで買い物をしていない。リサイクルショップはただ、アロハシャツを買いたいという物欲を引き起こすきっかけになっただけだ。
それにしても、このアロハシャツをこの夏、1回でも着用するのだろうか? ただでさえ落ち着いた色や柄を好むようになっているのに……。リサイクルショップ、恐ろしや。
デッキシューズ、その後
リサイクルショップを数軒はしごして分かったことがある。それは、状態がよくジャストサイズで、予算内に収まる自分の気に入った色のデッキシューズに出会える確率なんて、奇跡に近いほど低いということである。そのかわりに、デッキシューズの代わりになるような靴を見つけた。それは、ORSOO(オルソー)というメーカーの靴である。オーロラシューズをモチーフにして作ったと思しきハンドメイドのこのレザーシューズ、ビルケンシュトックのような丸みのあるフォルムながら、革ならではの上質さも備えていて、一目で欲しくなった。
ただ問題があって、この靴はお値段がかなり張るし、サイズも自分には合わなかった。ああ…私はただ、シャツにチノパン、足元に一枚革の革靴を合わせたいだけなのに…。この夏中に良い出物に遭遇することはかなわないのだろうか…。仕方ないので、コパイロットちゃんに生成画像を作ってもらった。モデルはもちろん、あの御方www


こういう画像も生成してもらっていたら、もうサンダルでええやん、という気持ちになってきた…。


デッキシューズ
デッキシューズが欲しくてたまらない。メルカリを漁りヤフーフリマを漁りヤフオクを漁り、リサイクルショップも数軒はしごしたが、これぞというものは見つからなかった。デッキシューズは昔から鬼門なのだ。サイズ、色、予算、すべてが合致するものに出会えた試しがない。
大体2026年のこの現代において、デッキシューズを履く輩なんてそんなにおらんやろ…若い人でデッキシューズなんて履いている人、見たことあらへんやん…とも思うのだが、これが一定数いるらしいのである。現にメルカリでは、状態のよい品、ゴールデンサイズとされる品は売れている。中高年のアメトラクソ野郎には需要があるのかもしれない。流行にも左右されないし。
思えばストリートのスタイルはずいぶんと様変わりした。オーバーサイズがトレンドなのは認識していたが、最近はシャツやTシャツをタックインしている人たちをよく見かけるようになった。私が若い頃、シャツをタックインすることはかなりイケていない行為だとされていた。シャツのタックインとはオタクの典型とも言える行為だったのである。おしゃれに見せるにはそれなりの見せ方が必要だった。だからシャツやTシャツをタックインしている今の人たちを見ると、隔世の感がある。
だからといって自分がまちでシャツやTシャツをタックインするかというと、多分やらないだろうなと思う。普段着るものがすでに、リーバイスの501とかチノパンとかマドラスチェックのシャツとか、流行とはほど遠いところにあるものばかりなのである。こればかりはもう、開き直るしかないのである。流行とは基本的に、若い人たちのもののはずだから。良いデッキシューズ、見つかるかしらん。
檸檬さん、産む。
ニホンイシガメの檸檬さん、本日産卵しました。合計7個。例年のごとく、ちょっとうたた寝している間に産んでいた。この子は確実に人の気配を読んでいる。体を持ち上げると、産む前よりかなり軽く感じる。餌をあげようとしたが後ろ足で地面を掻き、なおも産みたそうな気配。夕方には落ち着いたので魚をあげた。これで食も戻ると思うので、もりもり食べていただきたいところ。
カメという生き物は年をとってもほとんど老化が進行しないらしい(これをネグリジブル・セネセンスという)。しかも環境が良くなれば老化の速度はさらに落ちるという。何という嬉しい情報…! そんな情報を知ってしまったら、ますます丁寧にお世話させていただくしかないではないか…! 40年でも50年でも生きてほしいな。

檸檬さん、お疲れさま。
ミニトマトの収穫

ミニトマトが色づいてきたので、収穫しました。

きれいな赤色です。でも3つだけ。少ないな……。例年はもっと鈴なりに実がなるんだけど。

梅雨の合間の檸檬さん。産卵を控えます。
高島野十郎展@中之島美術館
先週の土日はマクドナルドで30分間メロンソーダを飲んだだけで終わってしまったので、気晴らしに中之島美術館へ。高島野十郎展を見に。SNSでの評判が高かったので期待して行ったんだけど、控えめに言っても、ものすごおおおおおおく良かった。間違いなく今年一番になるだろう絵画展。
高島野十郎は明治23(1890)年に現・福岡県久留米市の酒造家に生まれた。名古屋の旧制第八高等学校(現・名古屋大学)を経て東京帝国大学(現・東京大学)農学部水産学科を首席で卒業、周囲の期待に反して画家への道を選んだ。画家となっても、いわゆる美術団体に属することはなかった。生涯独身で都内の渋谷、青山で多くを過ごすも、70歳を過ぎて千葉県柏市の田園のなかに水道も電気もない小さなアトリエを建て晴耕雨読といえる生活を始め、昭和50年(1975)年に85歳で亡くなった。
野十郎は生物や風景の精緻な写実を一貫して追求し続けた。初期から晩年まで数多く描き、彼を代表する作品に《蝋燭》があるが、これに限らず彼の写実には彼独自の仏教的理念が含意されていて、それが野十郎の写実に独特の視点や深みをもたらしている。
彼はいずれの美術団体に属することもなく、一生独身で過ごした。だが世間と完全に断絶していたわけではなく、ゴッホや岸田劉生らに影響を受け、親子3代で交流が続いた人もいたという。このあたりのバランス感覚は彼独自のものであるように思う。
また仏教に深く傾倒し、写実的な描写を慈悲の実践ととらえていた。だから彼にとって絵を描くということは、仏に接近することと同義だったのである。このあたりの精神性が、彼の絵がただの写実に留まらない所以のように思う。
この画家がそれほど知られていないのが不思議である。よくも悪くも、絵画の世界で集団に属することの功罪について考えざるをえなかったな……。画壇や美術団体を意図的に避け、その中で評価される仕組みの中に彼は身を置かなかった。隠遁的な性格によるところが大きいのだろうが、それは深い表現と表裏一体のものだった。清宮質文の言うとおり、「外の限界を拡げることは不可能ですが、内面の世界を拡げることは無限に可能」なのである。逆に何らかの画壇や美術団体に所属していれば、これほど素晴らしい作品は描けなかっただろう。彼が認知され、評価が高まったのは1980年代になってからのことだった。
高島は数多くの風景画を残しており実際素晴らしいのだが、個人的には静物画も良かった。蝋燭の絵も堪能しました。








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