群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

根っこのところでの信頼感

 前職場で一緒だったO君には、はじめは「とっつきにくそうだな」という印象を受けたんだけど、でも、彼の仕事ぶりや周りの人とのコミュニケーションのあり方に接していくなかで、僕はそのひとまわりぐらい年下の後輩の、きわめてすぐれたバランス感覚を目の当たりにしていくことになった。
 O君からは一見、近寄りがたい印象を受ける。“職場は働く場所であって、それ以上の何かを求めるべきではない”という主張が、彼の雰囲気から読み取れたからかもしれない。あるいはO君がひどい酒嫌いで、酒豪揃いのその職場の人間関係からは一線を画しておきたい、という意図があったからかもしれない。でも、O君は職場での人間関係をなおざりにしたりするような子ではなかった。むしろ、職場の人間関係が円滑にいくように進んで気配りをする子だった。
 僕とO君が属する部署の構成は、男子が4人、女の子が1人というものだった。女の子が1人というのは、その女の子にとっては決してやりやすい環境じゃなかったと思う。それを汲んでか、O君はその女の子に自分から声をかけていた。そば耳を立てていても、特別なことを話しているわけじゃない。天気の話とか食べ物の話とか、相手のことに立ち入り過ぎず、でも人間関係をうまく回していけるようなことだ。決して得意そうではないんだけど、O君は自ら、ひっそりとさりげなく、その女の子のことを慮る役を買って出ていた。
 O君は、ひどく仕事もできた。僕の部署ではパッケージのデザインの加工なんかをやっていたんだけど、O君はわからないところをわからないところとしてはっきりさせ、どうすればいいかを明確に詰め、的確に仕事をこなした。その部署の上司は一癖ある人で、訊ね方にも注意が必要だったんだけど、O君は気後れしたりすることなく、毅然としていた。
 O君には根っこのところで、人間に対する信頼があったんだと思う。主張するところは主張し、譲るところは譲るO君のバランス感覚に、僕はひそかに好感を持っていた。
 そのようなO君だったんだけど、実はひどい遅刻魔でもあった。歯医者に通っていたと言って、午後から出社するときもあった。O君からニコニコ動画を見るのが好きだと聞いたこともあったから、昨日は遅くまでニコニコ動画を見てたのか、それともゲームでもしていたのかと、僕はひとりでニヤニヤしていた。そういうO君の人間臭いところも嫌いじゃなかった。
 一度、僕の机のパソコンの調子が悪く、O君のパソコンで仕事をしたことがある。そこには、O君手書きのイラストや、仕事の注意書きが、ディスプレイを埋めつくすように貼られていた。独特のいびつな文字や、デフォルメされたイラストからは、O君の断固たる世界観を垣間見れた気がした。と同時に、O君はやっぱり職場の人間関係と一定の距離を置いているんだなとわかった気がした。
 最後まで二人で話し込んだりすることはなかったけど、僕はO君のような上司がもっと増えればいいのになと思う。酒を強要したりすることもないし、仕事とプライベートはしっかり分けるし、きちんと他人の気持ちを慮ることができる。僕なんかよりずっとバランスのとれた子だった。いつの時代でも、僕たちは若い世代を白い目で見てしまうところがあるけれど、ああいう子を見ると、“しっかりしている子はたくさんいるんだ、自分ももっと頑張らなきゃな”と、背筋がピッと伸びる思いになるのである。