群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

『PERFECT DAYS』

 三宮のシネ・リーブル神戸で、映画『PERFECT DAYS』を見る。役所広司が演じる主役の平山は公共トイレの清掃員として生活の糧を稼ぎ、他の時間には読書をするなどして、質素な生活を送っている。
 これも「おりた」人間の物語だよなあと。この平山という男、どのような人生を辿ってこういう生活に行きついたのかとずっと考えていた。エリート銀行員か、学生運動でもやっていたのかしらん、などと想像していたのだけど、本作中で、どうやらすごい良家の出自であるらしいことがほのめかされる。ああ、そういうことかと…。おそらく親との価値観の相違から、浮世離れした生活を送っているのである。
 トイレ清掃員とはいえ、平山の仕事への態度は極めて実直で丁寧。そして質素そのものといえる生活についても彼の関心は多岐に渡り、それほどお金を使わずとも十分に人生を楽しむことが出来ると感じさせてくれる。古本屋で本を買ってきて読む、神社から苗木をとってきて育てる(最初は苔でも育てているのかと思った)、アナログ写真を撮影して現像に出す、車中ではカセットテープで音楽を聴く、きれいなママのいる小料理屋やせんべろの居酒屋で飲む、銭湯にいく…。果たしてトイレ清掃員の仕事だけで捻出できるのかと思えるほどの余暇時間の充実っぷりである。平山のような非世俗的な生活を送っている「おりた」人間と「おりていない」人間について、どちらが人間的なのかよくわからなくなってくる。現代の東京において、平山ほど他人を観察している人間はおそらく、あまりいない。現代の日本の都市においては、他人に関する興味はほぼ失われている。繰り返し出てくるスカイツリーは、脱俗的な生活を送る平山とは対照を成す東京を表しているように思えた。
 個人的には、平山の車にあったカセットテープを懐に入れて、後日返しにくる女の子のエピソードが好み。あと、小料理屋の女将をやってる石川さゆりが本当にきれいで、あんなニコニコしたきれいなママに「インテリですよね」とか言われてチヤホヤしてもらえるなら、自分もトイレ清掃員の仕事全然できるよなと思った。全編にわたって平山が聴く音楽はすこぶるかっこいい。本作中の音楽を聴くだけでも、この映画を見る価値アリ。また現代の東京における様々なトイレの形を知ることができるという意味でも貴重な作品。物欲にまみれた自分が汚れて思えると同時に、平山のような生活をしたいという憧れも生じた。ヴェンダースの「詩情」に満ちた秀作。


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