群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

祖父の視線

 幼いころ、僕の関心ごとは何といっても読書と生き物だった。生き物に関しては特に昆虫が好きで、よく捕まえてきてはプラスチックケースのなかで飼育した。カブトムシ、クワガタはもちろん、バッタ、カマキリ、アゲハ蝶の幼虫、ウスバカゲロウの幼虫、蟻……と、とめどなかった。
 そんな僕にとって、祖父はまるで宝箱のような存在だった。たとえば祖父は、木の下に袋状の巣をつくる蜘蛛を知っていた。彼は慎重に巣を探し、指先で土を掘り起こしていった。僕は息を詰めてその作業に見入った。最後に祖父がその小豆色の蜘蛛を捕獲した瞬間、僕の心はとろけそうになったものだ。
 また、僕が喜びそうな本を見つくろっては、離れて暮らしている東京から送ってきてくれた。それらの本はいちいち面白く、僕は時間がたつのを忘れて読み耽った。
 祖父はパイプをふかすのが好きだった。祖父がパイプをふかすと、部屋の中はなんともいえない芳しい匂いでいっぱいになった。それは祖父の優しさとか、まだ見知らぬ大人の世界とか、知識とか、そういうものが入り混じった匂いだった。僕はその匂いがたまらなく好きだった。
 幼いころは舐めるように可愛がってくれた祖父だったが、僕が大人になってからはまた違った側面に気づくことになる。大学は文学部に行きたかったが、反対されて社会学部に進んだと伝えたら、「どうして屁理屈をこねて食い下がらなかったんだ」とたしなめられたりした。社会学の本を送ったことがあるものの、理論が勝ちすぎているところが気に入らなかったようである。
 あるときは、幼いころにいたずらばかりしていた話や、戦争で輸送部隊の任務に就いていた話をしてくれた。晩年は車椅子生活だったが、頭のほうは衰えを知らず、宇宙に関する本を読み漁っていた。宇宙の端はどうなっているのかということについて、祖父と話したのを覚えている。
 そんな祖父の趣味の一つに、写真があった。旅先にはいつも一眼レフカメラを携行していたようである。「子どもはモノクロのほうがいい」ということで、幼いころは僕もモノクロームの写真をよく撮ってもらった。
 祖父が撮ってくれた写真を眺めていると、祖父の視線が重なってくるような認識を覚えることがある。おそらく祖父は、僕に自分の一部を見ていたのだ。

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