群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」

 一年か二年ほど前、エリザベス・ギルバートの「巡礼者たち」という本を自分で訳していました。自分の訳と岩本正恵さんの訳を突き合わせて、いろいろと確認したり比較したりしていたのです。この「巡礼者たち」というのは十二編の短編小説から成っているのですが、とりわけ僕が好きなのが、「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」という一編です。原題は"THE MANY THINGS THAT DENNY BROWN DID NOT KNOW(AGE FIFTEEN)"です。
 主人公のデニー・ブラウンは、自分の住んでいる町のことも、両親のことも、自分に向いていることも、全然知りませんし分かりません。
 僕も昔は、何もわかっていなかったのだと思います。自分に向いていることも、自分にとって大切な人もわかりませんでした。自分にとって大切なことにどれだけ力を注がなくてはいけないのか、自分にとって大切な人をどれだけ大切にしなくてはいけないのか、わかっていなかったのです。
 最後にあることがきっかけで、デニー・ブラウンが生まれ持って授かった才能がありありと姿を現します。"天分"や"血"と呼んでもいいのかもしれません。
 そのシーンは、まるでモノクロームの風景が静かに、じわじわと色づいていくかのようなのです。肌がぶつぶつと粟立ちます。ささやかに、強く、心が震えます。個人的にとても思い入れのあるシーンです。

巡礼者たち (新潮クレスト・ブックス)

巡礼者たち (新潮クレスト・ブックス)