群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

また思いがけず

 数年前のある休日の一日、一枚のジャズレコードを探して街のレコード屋をしらみつぶしに探し歩いた。"Chet Baker in New York"というレコードで、すでにCDでそのアルバムは持っていたんだけれど、どうしてもレコードで聴いてみたくなったのだ。ところが探しても探しても見つからず、あきらめて帰ろうかと思ったんだけれど、もう少し探してみることにしてとあるレコード屋に入った。そのレコード屋の店主とは事前にも二言三言言葉を交わしたことがあり、珈琲をふるまいながら貴重なオリジナル盤のレコードをかけて聴かせてくれるなど、なかなか面白い人だなという印象があった。
 その店主にいきさつを話したところ、一応店内を探してみてはくれたんだけど、アルバムは見つからなかった。僕が気落ちしたのか、それが伝わったのかわからないけれど、店主は言ってくれた。「まあ、一枚のものをずっと探すのもいいかもしれないですけれど、ほかのレコードを買ったりしているうちに、また思いがけず探していたものに巡り会えるかもしれませんよ」
 なぜ今さらこんなことを思いだしたかというと、先日、ほかに前から印象に残っていたアルバムを見つけることができたからだ。"Ella & Louis"という、ジャズを聴き始めたころ、神戸のジャズ喫茶でかかっていたアルバムだ。いつか買おうと思って頭の片すみに置いてはいたんだけれど、それとなく買いそびれていた。先日となり町の図書館でたまたま見つけたのだ。
 ジャズを聴き始めたころはハード・バップにばかり手を出していて、なぜ"Ella & Louis"のようなアルバムが印象に残ったのかよくわからない。でも神戸のジャズ喫茶で聴いた"Ella & Louis"は、店の奥ゆかしさとか珈琲の臭いとか、そういうものをたっぷりと吸いこんで、とてもやさしく、ふくよかに響いたのを覚えている。
 件のレコード屋は今はもうなくなった。なかなかいい店だったので、なくなったことを知ったときは残念に思った。
 肝心の"Chet Baker in New York"には、まだ巡り会えていない。こちらは"思いがけず"とはいかず、というよりもCDやPCで音楽を聴くことが多くなった僕にとって、アナログ盤のチェット・ベイカーを見つけ出すことはあまり重要ではなくなってしまった。