群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

言葉が行動を規定する

 行動が言葉を規定するのか、言葉が行動を規定するのか、これは考えるとなかなか面白い問題である。前者と考えるのが自然だが、後者は仮定としては面白い。例を出そう。「しらばっくれる」という言葉がある。たぶん、しらばっくれるという言葉を知らなくても、僕たちは知らないうちにしらばっくれているのだが、後者の仮説においては、しらばっくれるという言葉そのものを知らないと、しらばっくれることはできないのである。「おもんばかる」という言葉を知らなければおもんばかることはできないし、「とりなす」を知らなければとりなすことはできない。これは一大事である。言葉を知らないと、好きな女の子にアタックすることもできない。言葉を覚えれば覚えるほど、現実世界においてより豊かに行動がとれるようになる。言葉が行動を支配し、世界をきりひらくのである。