群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

「すこやかな服」

 マール・コウサカの「すこやかな服」を読了する。筆者のファッションブランド・foufouは実店舗を持たず、製品をSNSで公開し、全国各地で試着会を開催した後、オンラインストアでのみ販売するという独特の方法で注目を集める。

 値上がりし続ける消費税や電気代、不安な将来への貯蓄。現実的なあれこれを考え始めると、服が大好きという人ならともかくとして「いい服を買おう」なんてかなり優先度が低いのではないか。
 とはいえファストファッションだけじゃあファッションの魔法をかけられてしまった僕のような人間は満足ができないんだ。
 新しい服に袖を通して鏡の前に立ったときのあの感覚がやっぱり好きだ。美しい服を身に纏うと背筋が少し伸びる。 
 鏡を見ると、知っている自分なんだけど知らない自分が目の前にいる。「こんな自分もいいかも」と少し気分が上がる。
 外に出ていつもの道を歩き出す。布の弛みを感じる。服に擦れる繊維が心地よい。
 どうしてか街の景色も変わって見える。いつもよりキラキラしている! 世界はきっと素晴らしい!

 この文章には筆者の服への愛情がある。もちろん成功の裏には、インターネットを含めた柔軟な仕掛けづくりがある。アパレル業界は服を作りすぎて在庫を余す。そのためセールの時期がどんどん前倒しになり、セール前提での価格設定になる。この時代にそんな姿勢で何万円もする服を毎シーズン売りつづけることなんてできるわけがない。筆者が決めたのは、卸売りをしないこと、それからセールをしないこと、そのかわり確実に売れる数を作って売り切った上で、再販売ができる服を増やすこと。流行に左右されないデザインだから、複数年に渡って同じ服を販売できる。ロスをなくす仕組みづくりは理にかなっているが、発想の裏には服への愛情もあったから人の心をつかめたんだとこの文章を読んですごく感じた。服って大事に着れば長く使えるし、愛着がわく。物欲のはけ口ではなくて、本当に普段の風景を少し変えてくれるものである。 

すこやかな服

すこやかな服