群青ノート

日常の備忘録、あるいは私的雑記帳

『古本食堂』

 原田ひ香の『古本食堂』読了。神保町で古書店を経営していた滋郎が急逝。彼の店を妹の珊瑚が当分の間面倒を見ることになり、北海道から上京。また、国文科の大学院生である姪孫の美希喜も店を手伝うことになり…というストーリー。
 この本の言葉を借りるなら、「もう書きつくされた小説」とでもいうべき内容なのだが、それでも、静かに、心の裡に残るものがあった。

「確かに、平安時代に、他にもいろいろな物語があったという記録がありますが、そのほとんどは残っておりません。また、その記録にさえ残っていない物語や作者もあるはずです。だから、今、ここに残っているものは末永く残していかなくてはならない。私たち、研究者はその長い長い鎖をつなぐ、小さな鎖の一つでいいではないですか。自分の名前を残そうとか、自分の研究で世間や学会をあっと言わせてやろうなんて考えなくていいのです。ただ、それを後世に残す小さな輪で」
「輪、ですか」
「あなたの職業もそうではないですか、古本屋さんは私たち学者と同じように、本や物語といった文化を後世に残す、そういう輪です。(中略) p262

 学生の頃日本文学の先生が、「既存の価値観の上にわずかではあれ上乗せするようなものが書ければ、それは価値があるのではないか」とおっしゃっていたのを思い出した。そういう意味では、書き手というのは昔から連綿と続く集合知の一部であって、書くことで名を立てるとか、そういうことはあまり意味がないのではないか。何だかそういうことをつらつらと考えて、このくだりには少し、じんときた。
「読書は夢を叶えてくれます」とある帯文は、個人的には「読書は人生を助けてくれます」とも読めた。神保町の食描写もよい。本の周りで生きている人にそっとオススメしたい一冊。