小学校のころの遊びで、ドッジボールを忘れることはできない。4、5人単位からクラス対抗まで、異性と遊ぶには照れくささがある年代のなか男の子も女の子も、みんなで楽しむことができたから、とりあえず何人か集まったらドッジボールやる? というノリがあった。スリリングなボール回し、相手をアウトにしたときのヒットマンにも似た快感、快速球を投げる相手のエースのボールをキャッチできたときの胸のしびれと密やかな誇らしさ、今でもありありと覚えている。
ところで、ドッジボールを英語で書くと"dodgeball"である。研究社のリーダーズ英和辞典によれば、dodgeの意味は、「ひらりと身をかわす」である。
日本ドッジボール協会ホームページによると、ドッジボールの原型は「デッドボール」といい、防御組によるキャッチは認められていなかったらしい。大正15年、名称が「ドッジボール」と改称され、防御側によるキャッチが認められる。
大正15年に防御側によるキャッチが認められるようになったにもかかわらず、身をかわす意味の「ドッジボール」へと改称された意味がよくわからない。「デッド」という響きが嫌われたのか、アメリカと名称を合わせようとしたのか、定かではない。
英語版WikipediaでDodgeballを調べてみると、使われるボールの数が3つから10だったり、ゲームが進行するにつれボールが増やされたり、ボールをキャッチした場合、そのボールを投げた敵チームのプレイヤーがアウトになったりする、とある。
どうやら、日本のドッジボールと米国のドッジボールはルール、ひいてはゲームの性質そのものが異なるようである。米国の方が、より"Dodgeball"に近いのは明らかだ。数多くのボールが飛び交うなかでは、一つのボールを取ってもほかのボールに狙われる可能性があるわけだから、取るよりもよけることに比重が置かれるだろう。
dodgeと聞くと、僕は、アンブローズ・ビアスの「アウル・クリーク橋でのできごと」という小説を決まって思い出す。
アメリカ南北戦争のさなか、農園主で南軍に貢献したいペイトン・ファーカーは、絞首刑に処せられるところで、逃げ出し、北軍の追撃にあう。
ファーカーは追撃のさなか、言う。
"The officer," he reasoned, "will not make that martinet's error a second time. It is as easy to dodge a volley as a single shot. He has probably already given the command to fire at will. God help me, I cannot dodge them all!"
「司令官は」ファーカーは推察して言った。「あんな機械的なミスは二度くりかえさないだろう。一斉射撃は、一発の弾をかわすのと同じで、難しくはない。もう任意射撃の命令を出しているはずだ。神さま、お助けを! すべてをかわすことはできません!」
手に汗を握る追撃劇なのだが、この小説にはあっという結末が待っている。